CDPの水セキュリティとは?企業が抱える水リスクや対策について解説
- CO2削減
生活や経済活動における「水」の重要性と、十分な水が使用できなくなることへのリスクについて、日常的に意識する機会は少ないかもしれません。
しかし、地震や洪水などの自然災害が発生すると、途端にそのリスクが現実的なものとなります。とりわけ事業活動を行う企業にとってはその「水リスク」を正しく把握し、自社の「水セキュリティ」を高める必要があります。
そこで重要になるのが、非営利団体のCDPが主導となり行う「CDP水セキュリティプログラム」という評価活動と、要請された質問書への回答です。
なぜ企業はこの質問書に回答することで積極的に情報を開示する必要があるのか、その重要性とメリット、また最高評価を受けた企業とその取り組みに関して、詳しく解説していきます。
目次
CDP水セキュリティとは?
CDP水セキュリティとは、CDPという非営利組織が主導となり、企業が持つ「水リスク」を正しく評価し、対外的に公表する活動のことです。
水セキュリティは「水の安全保障」とも呼ばれており、CDPはその水セキュリティを守るための活動を行っています。
CDPとは情報開示のグローバルスタンダード
CDPとは、2000年から英国で発足した非政府組織です。主に企業が行う環境情報の開示を支援しており、情報開示のグローバルスタンダードでもあります。その調査・開示内容の中に「水セキュリティ」に関する点が含まれています。
CDPの本部は英国にありますが、日本の東京都千代田区にも拠点があり、その他中国やドイツ、インドやブラジル、米国に支部があります。CDPの支部には「Worldwide」という英単語が含まれており、文字通り世界的な環境情報開示のスタンダードとなっています。
CDP水セキュリティプログラムの目的
CDP水セキュリティプログラムの目的は、主に次の3点が挙げられます。
- 水の報告基準を確立すること
- 水の情報開示を改善すること
- ウォータースチュワードシップを向上させること
CDPは、WWF(世界自然保護基金)やWRI(世界資源研究所)と協働しながら、水の報告基準を確立させています。これにより企業が正しく水リスクを評価・報告できるようになり、改善するための戦略も立てやすくなります。
またCDPはサプライチェーンにおける情報開示の改善にも力を入れています。たとえば「CDPサプライチェーンメンバーシップ」に登録すると、サプライヤーに環境データの報告を要求できるようになります。
これらは、企業が地域の水に対して責任を持ち必要な措置を講じる「ウォータースチュワードシップ(Water Stewardship)」の向上につながります。企業は事業と水問題が相互に与える影響をよく理解し、積極的なリスクヘッジを行うことが求められています。
水セキュリティで保証されるのは主に4点
水セキュリティ(水の安全保障)とは、次の4つの状態が相互に保たれている(保障されている)ことを指します。
- 人間の基本的な生活・福利・社会経済の発展が維持されている
- 水を媒介とする汚染や、水関連の災害からの保護が確保されている
- 平和かつ政治的安定性がある環境において、生態系が保全されている
- 適切な量の水・良質な水へのアクセスに関して、持続可能性がある
これらは、企業は使用・排出する水に関しての「安全を担保し続ける」責任があることを示しています。
水リスクを回避するための措置を常に講じ続けることが、単に事業活動の持続性を向上させるだけでなく、経済の発展と生態系保護の両立につながるのです。
水セキュリティと気候・森林・水の関係
水セキュリティは、気候・森林・水という3つの要素が深く影響し合います。十分な水資源が得られるためには十分な量の雨が降る必要があり、雨が降れば熱帯林が育ちます。
CO2を吸収し酸素を放出できる熱帯林は気候変動を緩和するため、水の利用可能性に影響を与える要素を軽減できます。
実際のところ、世界にある7割以上の淡水は森林に左右されるといわれています。その森林(熱帯林)は、2030年までに必要な気候変動緩和に「23%」も貢献すると試算されているため、気候・森林・水のどれか一つでもおろそかにしてはいけないのです。
企業と水のリスクとの関連性とは
水リスクとは、主に企業が行う事業における「水に関わるリスク」のことをいいます。
たとえば地震や洪水などの自然災害により水が氾濫したり、逆に雨が長期にわたって降らなければ、渇水や乾燥などで水が不足して工場の操業が停止する、といったケースが挙げられます。
また、工業排水が原因で河川の水質が汚染されて生態系に影響を与えたり、それによって市民やメディアから批判・糾弾されるようなリスクもあります。これらのリスクは、主に次のような要因によってもたらされます。
- 人口の増加や都市部の工業化
- CO2排出量増加による気候変動
- 時代推移による産業の変化
- 製品の製造数増加による排出量の増加
持続可能性を追求する現代の企業にとって、上記の要因に対処することは必須事項といえます。それにより可能な限り水リスクを回避して事業を継続させるだけでなく、CDPのような国際的イニシアチブに準拠するためにも欠かせない取り組みとなります。
水不足との違い
「水不足」とは、工業で用いる水だけでなく人々が生活するために必要な水資源(淡水)の絶対量が不足している状況のことです。
当然ながら水不足も水リスクに含まれますが、基本的には災害等によって「使用量が制限される」というケースが想定されており、「使える水がまったくない」状況への対策は一企業だけの問題ではなく、国による抜本的なリスクヘッジが必要となります。
また気候的に年中乾燥するような地帯で水の消費量が少ない場合は、水不足ではなく「乾燥地域」に分類されます。
水ストレスとの違い
水ストレスとは、需要量に対して十分な水を供給する能力が不足しており、人間の生活や生態系に悪影響を及ぼしかねない状況のことです。基本的には以下の条件を満たした場合に、当該地域は「水ストレスのもとにある」と判断されます。
- ストレス状態:年間の一人当たり使用可能量が「1,700㎥」を下回っている
- 水不足状態:年間の一人当たり使用可能量が「1,000㎥」を下回っている
- 絶対的な水不足状態:年間の一人当たり使用可能量が「500㎥」を下回っている
上記の基準は、通常時の日本国内なら問題になることはありません。しかし突発的な自然災害によって水不足が発生し、特に都市部では工業用の水使用が制限され、それにより操業が困難になるようなケースは想定できます。
また平成21年に実施された試算では、「河川水等の量に対する使用量の割合が比較的高い地域」においては水ストレス状況にあり、将来的に水不足に陥る可能性が高いと指摘されています。たとえ豊富な水資源がある日本でも、決して無視できないリスクなのです。
なぜ水セキュリティが重要視されているのか?
次は現代において水セキュリティが重要視されている3つの理由について、それぞれ解説していきます。
水資源問題が深刻
日本ではあまり実感できない点ですが、世界各地で水資源が不足する問題が発生しています。AIや量子コンピューティングなどの産業技術が急速に発展したこともあり水の需要は高まり続け、2030年までには56%もの水供給不足が発生すると試算されています。
すでに発生している水資源問題も深刻です。たとえばUNICEFの報告によると、世界で80を超える国において、1億5千人を超える子どもたちが、十分な量の安全な水を得られない状況にあります。
また記録的な猛暑となった2021年の影響により、摂氏50℃を記録した中東(カタール・レバノン・ヨルダン等)では大規模な水不足が進行しているとされています。
水リスクによる経済的影響
製造業における水の需要がこのまま増加し続けることで、今後需要が供給を上回り、水不足で操業が不可能になり、経済活動に甚大な損害をもたらす可能性があります。
実際のリスク度合いを完璧に予想することは難しいですが、2015年に開催された世界経済フォーラムにおいては「水リスク」がビジネス部門で第1位に選ばれており、水リスクのリスク度合いが非常に高いことはすでに証明済みです。
比較例として、近年発生した世界的な半導体不足では、自動車の納車に年単位での大きな遅延が発生するなど多額の逸失利益が発生しました。
しかし水リスクが顕在化した場合、それとは比較にならないほどの経済損失を生む可能性があります。もしも工業用に使用できる水がなくなれば、製造業を含むさまざまな事業活動が完全にストップしてしまうからです。
サプライチェーンのレジリエンス向上
水リスクをサプライチェーンと共有することは、サプライヤーのリスク低減や、トラブルが発生した場合の対応力や回復力(レジリエンス)を向上することにつながります。
この点で、親企業は常にリーダーシップを発揮する必要があります。サプライヤー企業が単に「水リスクを理解する」ことに留まるのではなく、自社と同じレベルで水の利用や管理方法・手順を最適化して初めて、包括的な水セキュリティの確立が可能となるのです。
ESG投資・CSR活動
サプライチェーン全体での水セキュリティ向上を推進するには、当然ながらそれなりのコストがかかります。しかし水リスクを正しく理解し、水セキュリティを高めるなら、企業は「ESG投資」の投資先として選ばれやすくなり、資金調達の機会を得られます。
ESG投資とは、企業が持つ持続可能性を投資家が評価・判断したうえで投資する手法のことです。企業の持続可能性を評価し投資判断を行う際には、環境・社会・コーポレートの3要素に注目します。
- 環境:企業の気候変動、生物多様性等への取り組みの姿勢・実績
- 社会:人権の尊重、ダイバーシティの推進女性雇用等の積極性等
- ガバナンス(企業統治):コンプライアンスの遵守、情報セキュリティの堅牢性等
水リスク対策による水セキュリティの向上は企業の持続可能性を高めるため、上記すべての点においてESG投資家から高く評価されます。
企業がCDP水セキュリティの情報を開示するメリット
企業がCDP水セキュリティの情報を開示することには、次のようなメリットがあります。
- 事業としての持続可能性が向上する
- 環境保全につながる
- 開示する情報の透明性が向上する
- 社会的な企業価値が向上する
事業としての持続可能性が向上する
企業はCDP水セキュリティ質問書への回答に伴い、自社事業における水リスク度合いを把握することができます。
それによりサプライチェーンを含む包括的な水セキュリティを向上するために、より安定した水の確保に努めるようになり、結果的に事業の持続可能性を高めることにつながります。
環境保全につながる
企業が水セキュリティの情報を開示するとき、水リスク解消のために自社で実施しなければならない対策や目指すべき目標を立て、結果の伴う取り組みを行うことになります。
その結果水の使用量が適切に保たれるなら、地域全体での淡水量保護や生態系の保全、災害による水不足発生の抑止につながります。
社会的な企業価値が向上する
企業がCDPへ開示した環境情報に伴い、AからDの4段階で評価されます。なかでも「Aリスト」の評価を受けた企業は水セキュリティが高く環境への意識も高いといえるため、社会的な地位および企業価値が向上します。
これは消費者や他の企業だけでなく投資家の投資判断にも良い影響を与えるため、資金調達も行いやすくなります。
水セキュリティの質問回答を要請する企業の選定基準
CDPが質問書の回答要請を行う企業は、次の選定基準によって決定されます。
- 水セキュリティに関する影響はあるか
- 水セキュリティにどれくらいの影響を与えているか
- 該当産業における企業収益の大きさはどれくらいか
- 企業として水への影響が強いか(アパレル産業が対象)
- 該当する一部の上場企業・債権を発行する企業か(食品バリューチェーンが対象)
企業が行う産業活動の全体像(バリューチェーン)は、操業することによる直接的な影響とサプライチェーン、製品の使用という3つの段階に分類されます。それぞれの段階で水セキュリティへの影響が大きい企業は水リスクも大きいとして、回答要請の対象となります。
その他、産業活動における企業収益の割合にくわえて、アパレル業界と食品バリューチェーンには独自の選定基準が設けられています。
- アパレル業界:時価総額上位100社・その他水への影響が高い企業
- 食品バリューチェーン:「WBA350 Index」等に掲載の上場企業や負債発行企業
CDPが公開している水セキュリティレポートには、質問回答を要請された企業の一覧と前年・当年の評価、さらに全体・業種別での回答率も記載されているため、どのような企業が対象となっているか、一度確認してみましょう。
CDP水セキュリティレポート2023の内容
次は、CDPが公表している「CDP水セキュリティレポート2022:日本版」の内容について、要点を項目ごとに解説していきます。
水セキュリティAリスト2022
資料の4ページからは、2022年に「Aリスト」評価を受けた企業名が、所在する国名とともに記載されています。透明性や水リスクへの認識と管理、リーダーシップに優れていると判断された企業のみがリストアップされて日本からは35社が選出されています。
日本はもっとも多くの企業がAリスト評価を受けた国として紹介されており、その次にアメリカ、台湾、フランスと続きます。Aリストに選出された国内の企業リストに関しては、のちほど紹介します。
CDPスコアリング(企業の環境パフォーマンスを測る)
資料の6ページからは、CDPのスコアリングシステムに関する内容が記載されています。スコアは情報開示・認識・マネジメント・リーダーシップの4要素から構成されており、同順において一定の点数に達した企業のみが次の評価点を得ることができます。
- 「情報開示」が「D-」なら、次の「認識」評価には進めず「D-」評価となる
- 「情報開示」が「D」なら、次の「認識」評価に進むことができる
ちなみに、回答を要請されたのにもかかわらず無回答であったり、評価するための十分な情報が提供されていない場合は「F」評価となります。
これらの評価は単純な順位付けや企業間の競争を促すために行われるのではなく、企業が自社における水リスク度合いを正しく評価し、改善するための動機づけを与えるために行われます。
CDP2022水セキュリティ質問書 日本企業の回答サマリー
資料の8ページからは、質問書に対する日本企業の回答内容に関して、回答状況・バリューチェーンとのエンゲージメント・リスクと機会の認識・ガバナンスと戦略・定量的な目標と定性的ゴールという6つの項目に分けて評価しています。
2022年における日本企業の回答率は「71%」と年々増加傾向にあり、開示レベルは世界的にみても高い方ですが、水リスクが高いとされるアパレル・発電分野の回答率がそれぞれ50%・38%と低くなっており、企業は積極的に情報開示のニーズに応えるべきだと指摘されています。
CDP2022水セキュリティ質問書 日本企業の一覧
資料の20ページからは、CDPの水セキュリティ質問書に回答した200社を超える企業の社名と評価が記載されています。それぞれ2022年・2021年の評価が掲載されており、「F」評価を受けている企業を含めて、水セキュリティへの取り組みや透明性の差が明白です。
CDP水セキュリティレポートで最高評価を受けている企業
2022年のCDP水セキュリティレポートにおいて、最高評価の「Aリスト」となった企業を一覧で紹介します。
バイオ技術・ヘルスケア・製薬
- 小野薬品工業
- 塩野義製薬
食品・飲料・農業関連
- キリンホールディングス
- サントリーホールディングス
- 不二製油グループ本社
- 明治ホールディングス
インフラ関連
- 大阪ガス
- 大和ハウス工業
製造
- TDK
- アイシン
- オムロン
- 小松製作所
- ジェイテクト
- デンソー
- トヨタ自動車
- トヨタ紡織
- ナブテスコ
- 日産自動車
- 日立製作所
- 富士フイルムホールディングス
- ミネベアミツミ
- 横河電機
- LIXIL
- ローム
素材
- 花王
- コーセー
- 住友化学
- 東レ
- 三菱マテリアル
- ライオン
小売
- 長瀬産業
- ファーストリテイリング
- 丸紅
サービス
- 富士通
- 日本電気
水セキュリティで「Aリスト」評価を受けた企業の事例
上記の企業のうち3社をピックアップし、その実績や取り組み内容について紹介していきます。
キリンホールディングス株式会社
飲料メーカーのキリンホールディングス株式会社は、CDP水セキュリティレポートが公開されている2022年にくわえ、リリースで公表している2023年まで、8年連続で水セキュリティのAリストに選出されています。
キリンは、水資源の保全を含む環境課題に対して積極的な取り組みを行っています。その一つが飲料製品で使用される茶葉の生産地における「スリランカフレンドシッププロジェクト」という水源地保全活動です。
これにより、事業としての持続性の高さを証明する「レインフォレスト・アライアンス」という国際的な認証を取得しています。また現地の子どもたちのために「キリンライブラリー」を設立し、2017年には100を超える学校への図書寄贈を実施しました。
花王株式会社
化学メーカーの「花王株式会社」は、CDP水セキュリティレポートが公開されている2022年にくわえ、リリースで公表している2023年にかけて、4年連続で3部門同時の「Aリスト」評価を受けています。
花王は以前から2040年までのカーボンゼロ、2050年までのカーボンネガティブを目標として掲げている企業であり、その目標を達成するための活動に水セキュリティの向上も含まれています。
具体的な活動内容としては、より少量の水で洗濯が可能な粉末洗剤の開発や、インドネシアにある農園支援プログラム「SMILE」の実施などが挙げられます。
これらの活動により企業の透明性が高まり、目標を達成するための十分なリソースを有していることの証明となっています。
富士通株式会社
総合電機メーカーの「富士通株式会社」は、2022年のCDPセキュリティレポートにおいて、水セキュリティ部門で4年連続Aリスト評価を受けました。
気候変動分野も6年連続のAリスト評価となり、2023年も気候変動分野でAリスト評価を受けたというリリースを公表しています。
富士通は、2050年までにCO2排出量をゼロにするという目標を掲げ、2021年には削減目標を当初の3割から7割にまで引き上げました。
これは富士通がサプライチェーンを含めて、社会課題を解決するために気候変動・資源循環・自然共生という3つの軸を設定し、積極的な環境付加の低減とサステナビリティの推進を行ってきたことの結果でもあります。
まとめ
企業にとってCDPの水セキュリティ質問書に回答し、情報を開示することは多方面にプラスとなります。
確実に存在するリスクを浮き彫りにし、いち早く対策を立てることが可能になるだけでなく、サプライチェーンのレジリエンス向上や、ESG投資の呼び込みにもつながります。
現代の企業が生き残るうえで必須になりつつある「持続可能性」を高めたいなら、ぜひ積極的に環境情報を開示し、環境保全を推進する企業としての透明性を高めていきましょう。
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編集者
pn.garrden